本家中国と日本での始まり

四柱推命は、中国古代で誕生した占いで、十干と十二支を合わして六十干支により、人々の運勢を占います。長い年月をかけて研究されてきた四柱推命は、とても奥が深く難解な学問とされていますが、その分、的中率もすごく高いということで有名になっています。

元々、中国で行われてきた四柱推命占いですが、のちに日本にも伝来しました。
四柱推命が日本にきたのは、「淵海子平」という書物が始まりとされています。書物を翻訳した人物は、仙台藩の医者であり、儒学者であった桜田虎。

元の、淵海子平はというと、四柱推命を研究していた徐子平の研究を、さらに中国の宋代の徐大升という人が、発展させてまとめたものです。

桜田虎門が、「淵海子平」の翻訳、「推南書」を発刊したのをきっかけに、多くの学者によって、四柱推命は研究されてきました。

今の日本における四柱推命の流れは、阿部泰山からきていると言われています。
明治の人である阿部泰山は、四柱推命を幾つかの書物にまとめました。
それ以後も、四柱推命の研究は幅広く行われ、今ではいろいろな流派ができています。

なお、「四柱推命」という呼び方は日本のオリジナルで、本家の中国では、宋代の徐子平の名前と「淵海子平」のタイトルから、「子平」または「子平八字」「八字」などと呼ばれています。

占い師になれる?  ⇔  四柱推命の向き合い方