四柱推命の歴史
「四柱推命」というのを、占いのサイトなどでよく目にすることはあるでしょう。
四柱推命とは、中国から流れて入ってきた占いの方法です。
その方法は、生年月日と出生時間から導き出され、過去、現在、未来に関する結婚運、健康運、適正・適職や性格のことなど、個人に関わること全般を占うことができます。
四柱推命というその名の由来は、生まれた年、月、日、時間を、「年柱」「月柱」「日柱」「時柱」の4つの時間軸として運勢を占うことから、名付けられました。
占星術が、空の星の配置を見て占うのとは違い、四柱推命は、十干(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)と十二支(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)を組み合わせた「六十干支」暦を用いて占います。
六十干支は、60期(10と12の最小公倍数が60のため)で一周することになります。
四柱推命のルーツは、この「六十干支」暦の成立期にまで逆のぼって考えることができるというわけです。
中国では、「六十干支」暦を用いるようになったのは、紀元前数千年と考えられています。
そこから始まり、人の運命を推測する占いの技術として「六十干支」暦が使われるようになったのが、紀元前三世紀頃だと言われます。
四柱推命の最古の文献とされている「珞碌子三命消息賦」は、中国戦国時代の秘書官、珞碌子(らくろくし)が記しました。
四柱推命は、このようにとても長い歴史の中で、はぐくまれてきただけあって、四柱推命の的中率はとても高いと言われています。